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ローカル線の旅 「明知鉄道」#3 ~農村景観日本一の風景へ~
岩村駅 構内
(岩村駅ホームから明智方を望む)


今回は飯沼駅を出発するところから始めよう。

前回の#2で説明したが飯沼駅は33‰の勾配上にある。この様な急坂で列車を発車させる際には「勾配起動」という方法が用いられているのでご紹介しよう。明知線の別の駅であるが、30‰上にある「野志駅」発車時の動画を下に入れておいたのでその様子を見ていただきたい。

戸締めランプが点灯した後に、ブレーキが入ったままの状態でマスコンを1ノッチ入れている。そしてブレーキを解除後に更にノッチを上げて加速していく様子が分かるであろう。車に例えるなら「坂道発進」みたいなものだ。機会があったら運転席を覗いて見ては如何だろうか。ただし、発車時は運転士がミラーなどで車内の後方を確認したりするので運行の妨げにならない様にご注意願いたい。

さて列車はそのままグングンと加速しながらトンネルへと入って行く。さすがに標高が高くなってきたせいか、線路脇に雪が目立つようになってきた。このトンネル内で一つ目の峠を越えて下り坂になって行く。
飯沼駅出発 飯沼~阿木間のトンネル
(飯沼駅出発、飯沼~阿木間のトンネル)


どんどんと坂を下って2つ目のトンネルを抜けると勾配も緩やかになり、真っ白に雪化粧した田圃と人家が見えてきた。
間もなくして阿木駅に到着すると、この近くに学校があるらしく学生達が一斉に降りて行った。無人駅ではあるが待合室は綺麗に清掃が行き届いており、ベンチには地元の人の手作りと思われる座布団も敷かれている。
阿木駅
(阿木駅 待合室)
荒れ果てた無人駅が多いこの時代に駅に人の温もりがあると言うのは随分とほっとするもので、更には地元の方々に愛されたかけがえのない駅なのだと思うとこちらまで暖かい気持ちになってくる。
僕とお年寄りだけを残して静まり返った列車は、落ち着きを取り戻したように阿木駅を出発して行った。


小さな山あいを抜けて岩村町に入ると田圃の景色が一段と広がってくる。「飯羽間駅」「極楽駅」と過ぎると人家が多くなってきて間もなく「岩村駅」に到着だ。
この味わい深い待合室のある岩村駅はゆっくりとご紹介したいのだが、乗り継ぎに時間がないので急いでバスへと乗り込む事にする。
岩村駅 待合室
(岩村駅 待合室)


恵那市自主運行バス
この岩村駅から目的地の「農村景観日本一展望所」へは徒歩40分くらいかかるのだが、平日のみ「恵那市自主運行バス」の岩村東線が展望所のすぐ傍の「打杭」停留所まで走っている。しかも乗車料金は100円。地元の方々の大事な生活路線なのでこの料金設定なのだろうが、こんなに便利なバスを使わない手はない。(2010年2月現在) 詳しくは恵那市ホームページを。


定時に駅を出発して暫くは国道を走る。やがて国道を逸れて飯羽間駅の踏切を渡るといよいよ富田地区の農村景観に入って行く。途中に乗車してくる人はなく運転士に色々とガイドをして頂いた。
下の写真は寒天の凍結と乾燥をしている風景だ。岩村町に隣接する山岡町では国内の70%の寒天を生産している。昔はこの岩村町でも生産する農家が多かったみたいだが、今ではここくらいしか見当たらないらしい。
寒天の凍結・乾燥風景
(寒天の凍結・乾燥風景)
寒天の生産はまず天草をマイナス5~6度で自然凍結させて、昼間に天日乾燥し氷を溶かして水分を抜く。これを2~3日繰り返して作るのだそうだ。
ただし気温がそれより高くても低くても良い寒天はできず、その環境と条件にあったのが山岡町周辺だったので昔から盛んに寒天が生産されてきたのだと言う。つまり冬場のこの時期にしか寒天の生産風景は見る事が出来ず、思わぬ所で貴重なものを拝見させてもらった。
余談ではあるが、寒天は戦時中にダイナマイトを仕掛ける際に周りに敷くのに使われていたという。だが食糧難でもあったので支給された寒天を食べてしまう兵士が後を絶たず、わざとマズい味に変えて渡していたそうだ。なんとも凄い話である。


そうこうするうちに「打杭」のバス停に着いたのだが、運転士のご好意でその先の展望所のすぐ下まで乗せていただいた。とても人柄のよさそうな運転士で話は尽きず名残惜しかったのだが礼を言ってバスを降りた。
農村景観日本一展望所
(農村景観日本一展望所)
展望所への急な階段を登って行くと東屋風の建物があった。
中央にはたくさんの5円玉がぶら下がった「金の儲かる鐘!?」なる物があり、周りには円形のテーブルとベンチが置かれている。
ご親切に正面には「ふるさと」の歌詞が書かれていて、「ここに立って口ずさむと何かを感じ取れると思う」との表記もある。


何故この岩村町富田地区が農村景観日本一と呼ばれているのか。
以下は案内板から要約して引用したものである。

東から西に少し傾斜した緩やかな岩村盆地の中に、瓦と白壁の昔ながらの農家や土蔵が点在する田園景観が展開し、回りは盆地を形成する緑の低い丘や遠く三河・尾張と境を接する山々が二重・三重に連なり、ここの景観を一層引き立てています。「農村景観日本一」の称号は、昭和63年に京都教育大学・木村教授から頂き、一躍脚光を浴びたものです。

収穫時期の黄金色に輝く田園も素晴らしいであろうが、白く覆われた冬場の田園もなかなか風情があって良いものであった。

「農村景観日本一の風景」のパノラマ写真
農村景観日本一の風景
クリックすると拡大します。


(すべての写真 2010年1月4日撮影)
明知鉄道 | 2010/02/24(水) 21:35 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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