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「幻の駅?」
幻の駅?

駅なんであるはずの無い場所で、
鳥居の奥に知らない駅の駅名標があり
その脇を小さな列車が走る異様な空間。
猛暑のせいで僕は幻を見てしまったのだろうか。



 大泉駅から歩いて数分のところに奇妙な場所を見つけました。線路沿いの閑静な住宅街の一角で、長宮公園と書かれた敷地の中に大きな鳥居と立派な大樹がありました。驚いたのはその線路脇にあった駅名標です。

廃止された長宮駅の駅名標


 三岐鉄道北勢線に大きさも書き方も瓜二つの駅名標に書かれた文字は「長宮」? 確かここは大泉~楚原間のはず。よく見れば隣の駅が「大泉東」とも書かれています。北勢線には「長宮駅」も「大泉東駅」も存在しません。疑問に思って調べてみると、なんと本当にこの場所に「長宮駅」があったのですが、2004年に隣の「大泉東駅」と一緒に廃止され、両駅の中間付近に現在の「大泉駅」が出来たのだそうです。当時の駅名標を保存しておいたということなのですね。あ~すっきりした(笑)

 写真の中央にある踏切を渡ると小学校なのですが、駅に降りてすぐ学校の校庭だったなんて便利過ぎですよね。しかし、駅があった時の通学利用者はほとんどいなかったそうです。確かに小学校では通学距離が短いので鉄道は利用しにくかったのでしょう。これが高校とかであればもう少し状況が変わっていたのかもしれません。

 閑静な住宅街にある公園の中から、のんびりと北勢線の電車を眺めるには最高の場所を見つけてしまいましたね。


(三岐鉄道 北勢線 大泉~楚原間 2010年9月5日撮影)
三岐鉄道 | 2010/09/07(火) 19:46 | Trackback:(0) | Comments:(2)
北勢線が三岐鉄道によって運行されるようになってから、多くの駅が統廃合されました。市民には解体される日など知らされることもなく駅名板などもゴミになったようです。戦争同時、出兵兵士は自宅ではなく最寄駅で見送られたようで駅に対する想いも強い人が多かったみたいです。
慣れ親しんだ駅名がなくなる。想いの強い人が三岐の駅名標をもらって自治会に働きかけやっとの立てることができたんですね。駅って人それぞれの思い出の場所でもあるんですね。
地元にいても長宮の駅名標立ったの知らなかったわ。お恥ずかしい(^_^;)
2010/09/12 日 10:31:29 | URL | あんちゃん #-編集
 あんちゃんさん、こんばんは。

 駅というのは鉄道の乗降場所という機能だけでなく、人々が出会ったり集ったりとパブリックな空間でもあると感じています。今よりも鉄道の利用が多かった時代には、あんちゃんさんの仰られているとおりの場面があったのだろうと思います。
 私自身日本の鉄道を渡り歩いてみて、数々の駅でまるで自分の家のように駅舎や待合室を綺麗にしたり花々を植栽されたりと、地元の方の駅に対する愛着を想像以上に感じています。
 そういった視点でとらえてみれば、駅はその町の玄関であり顔そのものなのかもしれません。だからこそよく利用されていた方々にとって想い出の一部となりえたのだとも思います。

 阿下喜駅の軽便鉄道博物館も、訪れた人たちの想い出の一部となれば素敵ですよね。これからも頑張ってください。

2010/09/12 日 21:54:03 | URL | akabara(管理人) #ek.3C4W2編集
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