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「薄暮の渓谷」
ナイトトコッロ

降りやまぬ雨に煙る
薄暮の渓谷

機関車の黄色い前照灯と
客車が放つ青白のLEDが
矢のような一筋の光となって
闇の中へと消えて行った。



ナイトトロッコ列車
(わたらせ渓谷鐵道 神戸~沢入間 第一渡良瀬川橋りょう付近 2011年7月30日撮影)
わたらせ渓谷鐵道 | 2011/07/31(日) 14:23 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「この駅の未来は?」
松代駅
(長野電鉄 屋代線 松代駅)

2012年4月1日に廃止が予定されている長野電鉄の屋代線。
長野県千曲市の「屋代駅」と須坂市の「須坂駅」とを結ぶ全長24.4㎞のローカル線で、
この区間にある中心的な駅がここ長野市松代町にある「松代駅」である。

千曲川からほど近い松代駅の裏手にはかつて武田信玄が築城したとされる「海津城」があった。
武田信玄と上杉謙信との戦いで有名な「川中島」が近くにあったため、
戦の重要拠点として幾多の戦いの舞台にもなっている。

「海津城」は江戸時代に入り真田信之が初代藩主となってから後に「松代城」と名を改め、
廃藩置県によって「廃城」となるまでのおよそ250年間、「真田家」が代々藩主を務めてきた。
現在では「松代城跡」となって綺麗に整備され昼間には自由に見学もできる。
駅から数分の所には「旧真田邸」も残っており、その名残を今に伝えている。

汽車ポッポ歌碑
(汽車ポッポ歌碑)

そんな松代駅舎前の植え込みには、松代町出身である草川信さん作曲の童謡「汽車ポッポ」歌碑がある。
「汽車ポッポ」の歌詞には実はこんな曰くがある。
元々は「兵隊さんの汽車」というタイトルで富原 薫さんによって作詞された。
第二次世界大戦が開戦となった年に作詞された当初の歌詞は戦時色が強かったため、
戦後になって歌詞が改められ現在のような形の童謡「汽車ポッポ」となった。
教科書にも載る程よく歌われていたので幼いころ歌った記憶があるが、
旅好きである僕は今聞いてもワクワクした気分にさせてくれる。

戦国の世に戦の舞台となったこの場所で、
廃城となった城が城址となって今に残る。

第二次世界大戦下に作られたその歌詞が、
戦後になって平和的な歌詞に変えられ歌碑が残る。

来年には廃線となって閉鎖されてしまうこの駅の未来は
果たしてどうなってしまうのだろうか。

たとえ廃線・廃駅は避けようがなかったとしても、
後に人々に愛され慕われ続けるような形で残ってほしい。



(長野電鉄 屋代線 松代駅 2011年6月5日撮影)
長野電鉄 | 2011/07/29(金) 22:01 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「記憶に残る車窓~心字雪渓」

(心字雪渓)

今年の桜の咲く頃に秋田県の由利高原鉄道を訪れたとき、
沿線で見た鳥海山は残雪に覆われ真っ白な山容であった。
その時以来、夏場に現れるという「心字雪渓」を
是非この目で見てみたいという思いが募った。

その願いを叶えるため7月も半ばにさしかかる頃、
僕は秋田発の特急列車に乗って新潟を目指し南下する。

羽後本荘駅が近づくにつれ、車窓左手に鳥海山が見え始める。
駅を過ぎて間もなく鳥海山の山肌にある雪渓がはっきりと姿を現す。
そこには確かに「心」という文字が浮かんで見えた。

今度は山の木々が色づく姿を見てみたいと欲が出る。
そして記憶に残る車窓がまたひとつ増えた。



きらきら日本海
(夏の陽光を浴びてきらきらと光る日本海)

 秋田を出て前記の由利本荘駅までの間には、車窓右手にご覧のような日本海を見ることができます。
羽越本線はそのほとんどが日本海沿いを走る絶景路線。新潟県に入る頃に運が良ければこちらのような光景も。
 春の由利高原鉄道からみた鳥海山はこちらでどうぞ。


1枚目(JR羽越本線 西目~羽後本荘間 いなほ14号の車窓から 2011年7月10日撮影)
2枚目(JR羽越本線 羽後亀田~岩城みなと間 いなほ14号の車窓から 2011年7月10日撮影)
JR羽越本線 | 2011/07/26(火) 23:08 | Trackback:(0) | Comments:(2)
「上州の野武士」
渡良瀬川を渡るデハ101

台風が過ぎ去り穏やかに晴れ渡る日曜日の朝のこと。

隣の駅を発車する列車のモーター音と、
鉄橋の対岸にある踏切の「チンチン」という警報音が
川面を伝って斜面を駆け上がり
山の上にいる僕のところまで聞こえてきた。

列車が姿を現しモーターの音が高まると、
ガタゴトと鉄橋を渡る列車の音が
眠りから覚めたばかりの桐生の街に響き渡る。

∽ ∽ ∽ ∽ ∽

電鈴踏切とデハ101
(電鈴踏切とデハ101)

「上州の野武士」と呼ばれる「デハ101」
鉄道の開業に合わせて作られたこの車体は昭和3年製造。
現存する電車では大変珍しくなってしまった
釣り掛け式モーターから発する独特のモーター音は
老いても現役であるのを誇るかのように確かな存在感を示していた。

そしてもうひとつ。左手に見える踏切は「電鈴式警報機」といって
電子音ではなく本当に「チンチン」とお椀型の鐘を打ち鳴らすアナログ音である。

∽ ∽ ∽ ∽ ∽

昭和の時代には当たり前の様に存在していた「釣り掛けモーター」と「電鈴踏切」。
JRでなく、大手私鉄でもなく、地方のローカル線でしか味わえない昭和の記憶。
まさに君主に仕えない「上州の野武士」をここ桐生の街に僕は見た。



Special Thanks (休日の朝にも関わらず撮影場所を提供して下さったご夫妻に感謝いたします)



(上毛電気鉄道 富士山下~丸山下間 2011年7月24日撮影)
上毛電気鉄道 | 2011/07/24(日) 20:50 | Trackback:(0) | Comments:(2)
「深緑を駆け抜ける」
深緑を駆け抜ける

川沿いに生い茂る木立の中から
傾きかけた日差しを浴びて
ゆっくりと列車がやってきた。

春には眩しい萌黄色だった新緑は、
夏の訪れとともに深緑に変わってきた。

その木立の隙間から川を見下ろすと、
澄んだ水の中に気持ちよく泳ぐ魚の影が映る。
川面から吹き抜ける風も涼しく心地よい。

夏色の渓谷で自然の涼を満喫だ!



トロッコわたらせ渓谷号
(わたらせ渓谷鐵道 本宿~水沼間 2011年7月17日撮影)
わたらせ渓谷鐵道 | 2011/07/21(木) 23:00 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「記憶の片隅に」
記憶の片隅に

都会からやってきた子供には、
アトラクションかオープンセットにでも見えるのかな。
炎天下のホームでも、終始はしゃいでご機嫌だった。

記憶の片隅に

彼女に撮影をお願いしたときのキリっとした大人っぽい表情が忘れられない。
記憶の片隅にでもこの日のことを覚えていてくれるとと嬉しいな。
願うなら、大人になってもう一度この駅を訪れてみて欲しい。
何年経っても変わらないこの光景に、
大切な何かを思い出してもらいたいから。



(わたらせ渓谷鐵道 沢入駅 2011年7月17日撮影)
わたらせ渓谷鐵道 | 2011/07/20(水) 18:52 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「雨恋し」

雨恋し

あじさいまつりを終えて1週間。
ようやく見ごろとなった紫陽花も、
連日の猛暑で元気がなく萎れぎみ。
例年より小ぶりだし、色づきもよくはない。
紫陽花は雨に濡れてこそ美しいのだけれど・・・
あぁ、雨恋し。



(わたらせ渓谷鐵道 沢入駅 2011年7月17日撮影)
わたらせ渓谷鐵道 | 2011/07/19(火) 20:38 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「労わりながら」
労わりながら

うだるような暑さの真夏の休日。

オーバーヒートしそうなディーゼル機関車を
そっと労わりながら走り出す。

鬱蒼と茂る深緑に向かって進めば
この先には長いトンネルが待っている。
かなり涼しい天然のクーラーだ。

さあ、もうひといき頑張って走ろうか。



トロッコわたらせ渓谷号
(わたらせ渓谷鐵道 沢入駅付近 2011年7月17日撮影)
わたらせ渓谷鐵道 | 2011/07/18(月) 21:29 | Trackback:(0) | Comments:(0)
ローカル線の旅 「秋田内陸縦貫鉄道」#1 ~鉱山で栄えた街 阿仁~
異人館

秋田県北秋田市阿仁地区にある阿仁鉱山。300年余り昔には産銅日本一を誇った。
そして1879年に来日したドイツ人技師の官舎として建てられたのがこの異人館である。
国の重要文化財にも指定されているルネッサンス風ゴシック建築の洋館は、
鹿鳴館やニコライ堂より早く建築され日本の西洋風建築物の先駆けとなっている。
さらに阿仁地区には数多くの神社仏閣があり、鉱山で栄えた街の名残を今に伝えている。



馬肉丼

 阿仁合駅にある食堂「こぐま亭」ではこの店の名物「馬肉丼」を食べることができます。
阿仁地区では鉱山労働者のビタミン不足を補うため「なんこ鍋」という郷土料理があり、古くから馬肉を食す習慣があるのです。「馬・鹿・熊」といった食材の料理を目にすると、あぁ秋田まで来たんだな~と思う瞬間です。
 へば、まだ次回。


(秋田内陸縦貫鉄道 阿仁合~荒瀬間 2011年7月10日撮影)


秋田内陸縦貫鉄道 | 2011/07/17(日) 18:58 | Trackback:(0) | Comments:(2)
「笹飾り」
笹飾り

眩しいほどの夏の日差しに包まれた阿仁合駅の改札口。

沿線に住む子供たちの願い事が書かれた短冊にまじって
「乗って残そう内陸線」のリーフレットや綺麗に折られた千羽鶴。

小さな男の子にも何かしら感じるものがあるのかな。



(秋田内陸縦貫鉄道 阿仁合駅 2011年7月10日撮影)
秋田内陸縦貫鉄道 | 2011/07/15(金) 22:16 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「夏がやってきた!」
阿仁合駅

秋田県の角館から秋田内陸線に乗って北を目指す。
どんどんと山深くなってくるにしたがい天気も急変し
大きな雨粒が列車の窓を激しく叩いている。
県内最長の十二段トンネルを抜けるとそこはマタギの里で
今にも熊が出てきそうな山奥だった。
秋田内陸線の中心駅「阿仁合」に到着したころには
いつしか雨もあがって綺麗な青空が広がっていた。
クレヨンで書いたかのようなはっきりとした色の景色に、
夏の訪れを感じずにはいられなかった。
この翌日には東北地方も梅雨が明け、いよいよ夏本番である。



(秋田内陸縦貫鉄道 阿仁合駅 2011年7月10日撮影)
秋田内陸縦貫鉄道 | 2011/07/13(水) 19:43 | Trackback:(0) | Comments:(2)
「記憶に残る車窓~笹川流れ」
笹川流れ

レールのジョイント音をBGMにして
眠りを誘う心地よい揺れの中、
刻々と変化する空と海のグラデーションが
夢半分の僕の目に映っている。

いま旅をしているんだと実感する瞬間。
記憶に残る車窓がまたひとつ増えた。



 ここは新潟県村上市にある国の名勝天然記念物「笹川流れ」です。
 夕陽を見るなら日本海という事で羽越本線を秋田から新潟まで「いなほ14号」に乗車してみました。本来であればこの区間には「きらきらうえつ」という快速のジョイフルトレインがあるのですが、日の長い夏場の時期には太陽が沈む前に新潟に着いてしまいます。そこで後続の「いなほ14号」となったわけですが、お目当ての「笹川流れ」がある「桑川~今川~越後寒川」の区間を通過する時間が19時頃ですので、この時期が日の入りの時間となるどんぴしゃのタイミングです。
 というわけで期待を込めて楽しみに乗車しましたが、そうそう調子よく天気が良いとは限りませんし、なにしろ初めての乗車区間なのでどういうアングルがのぞめるのかも分かりません。知っているのは海の先に粟島が見える事と笹川流れの奇岩・絶壁があることくらいです。
 どきどきしながらその区間が近づいてきた頃には、窓に移りこむ車内の光を嫌ってカーテンを被りながらカメラを構える僕。怪しさ全開ですね(汗)。それと同時に早朝からの出発で疲れがピークに達していた頃なので睡魔も一気に襲ってきます。冒頭の言葉通り夢半分のうつろな目でファインダーを覗いていました。でも流れる車窓に突然飛び込んできたのは思い描いていた以上の素晴らしい光景で、すぐに目が覚め夢中でシャッターを押しました。この1~2分後には夕陽は粟島の影となって沈んでしまいましたが、なんとか運に味方され素敵な風景をカメラに収められ満足な旅となりました。


(JR羽越本線 桑川~今川間 いなほ14号の車内から 2011年7月10日撮影)
JR羽越本線 | 2011/07/11(月) 23:00 | Trackback:(0) | Comments:(2)
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