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「麦畑」
初夏の麦畑

線路脇に広がる麦畑
どこか懐かしくて
なぜかほっとする風景



長野県の上田市と別所温泉を結ぶ上田電鉄別所線。その途中の舞田駅から八木沢駅にかけて広がる麦畑。毎年6月頃に辺り一面、黄金色に染まります。今年も出掛けてみたくなりました。あ~早く仕事を片づけて旅したいな。

(上田電鉄 舞田駅 2009年6月20日撮影)
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上田電鉄 | 2010/05/30(日) 21:52 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「存在感」
秩父鉄道 SL

長瀞駅を発車したSLパレオエクスプレス
機関車自らが出した煙に
日の光が反射して影が出来た

普通に見えた何気ない景色が
SLが通る瞬間だけ
独自の世界を作り上げて
存在感を示していた

人にもそれぞれ個性がある
はたして今の日本人には
存在感を強く示す生き方が出来ているだろうか



(秩父鉄道 SLパレオエクスプレス 長瀞駅付近 2009年6月7日撮影)
秩父鉄道 | 2010/05/29(土) 12:41 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「豊かな大地」
車窓から臨む月山

澄んだ青空の下で
まだ背丈の低い青々とした稲が
打ち寄せる波のように
そよ風に揺らいでいた

そして
まっすぐ伸びた線路の先に
うっすらと雪を纏った月山が
そんな豊かな大地を包み込むようにして
どっしりと構えて見守っていた



まだまだ仕事が忙しく、昔の写真を眺めながら旅の妄想が続いております(笑)

(陸羽西線 新庄~升形間 車窓から 2007年6月17日撮影)
JR陸羽西線 | 2010/05/25(火) 20:30 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「旅の妄想」
新緑の渓谷

新緑の緑もだんだんと濃くなるなかで
線路脇の小花がささやかな彩りを添えている
渓谷にはそろそろ初夏の気配が訪れているのだろうか



最近とても仕事が忙しいので来月まで旅が出来そうにありません。
なので去年の写真を引きずり出して旅の妄想をしております(笑)
きっと今頃はどこも新緑が眩しいのでしょうね~

(わたらせ渓谷鐵道 小中駅付近 2009年6月14日撮影)
わたらせ渓谷鐵道 | 2010/05/23(日) 17:16 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「線路脇の桜」
津軽鉄道 嘉瀬駅付近

本州の北のはずれにある無人駅で
誰ひとり乗る人も降りる人もなく
発車してゆく走れメロス号
線路脇で咲く桜がそっと
過ぎ去る列車を見送っていた



(津軽鉄道 嘉瀬駅付近 2010年5月4日撮影)
津軽鉄道 | 2010/05/20(木) 22:56 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「風」
たくさんの風力発電施設
(たくさんの風力発電施設 JR大湊線 有田~吹越間)

まるで異次元の世界のような
たくさんの風力発電施設の前を
2両編成の「快速しもきた」が
吹き付ける風を掻き分けて
颯爽と走って行く

大湊線 それは風と共に走る路線だ


大湊線の沿線でよく見られる「風」の標識
(大湊線の沿線でよく見られる「風」の標識 JR大湊線 有田駅)

大湊線では常に強い風が吹いている
その証に沿線には注意を即す「風」の標識がたくさん見られる
そして奥の方であるが線路の両脇に広がる緑は鉄道林(防風林)である
更に奥に乱立する白い物体は風力発電施設なのだ
どれだけ風が強い所なのかがこの写真でお解りになるだろうか



(すべての写真 2010年5月4日撮影)
JR大湊線 | 2010/05/18(火) 12:24 | Trackback:(0) | Comments:(0)
ローカル線の旅 「ひたちなか海浜鉄道」#2 ~那珂湊ぶらり街並めぐり その2~
 歴史ある反射炉を後にして那珂川沿いの道を歩いて行くと、河岸にたくさんの小型ボートが係留されていた。広い河岸と多くの釣り人が目についたが、昔はこの辺りに港があったというのでその名残りなのだろう。今では漁業は衰退してしまって、水産業はおさかな市場などの観光市場や水産加工業にシフトされている。僕の住んでいる足利市も歴史ある街であるが過去に栄えた織物業は衰退し同じような道をたどっている。今の日本の地方はどこも似たような状況に置かれ寂しいばかりである。
菓子処 稲葉屋
(菓子処 稲葉屋)

 その川沿いの道に風情のある一軒のお菓子屋さんがあった。このお店の名物は「反射炉のてっぽう玉」と言い、それを模した黒くて丸い飴玉である。さきほど見て来たばかりの反射炉は、きっとこの街自慢のシンボルなのであろう。
 ボランティアガイドさんの計らいで、参加者全員でその飴玉を頬張った。街並めぐりも中間地点にさしかかっていささか歩き疲れぎみの体には何よりの良薬であり、後半に向けて再び元気を取り戻して旅を再開したのであった。

華蔵院の猫の像と梵鐘
(華蔵院の猫の像と梵鐘)

 川沿いの道を左に逸れて行くと左手に、とても大きな敷地の中にある立派なお寺が見えて来た。「華蔵院」と呼ばれ県文化財(工芸品)の梵鐘が置かれている。そしてこの梵鐘にはいわれがある。大砲を鋳造するための原料としてこの地に運ばれてきたのだが、とても古い時代(南北朝時代の1339年)に製作されたものであり、このまま潰されるのは忍びないとのことでこのお寺が所有する事になったのだという。
 また、この寺には「華蔵院の化け猫の話」という昔話があり、ボランティアガイドさんに聞かせてもらった。その話を裏付けるかのように、お寺の屋根のあちこちに猫の像が見られた。

湊公園から見る那珂川と鹿島灘
(湊公園から見る那珂川と鹿島灘)

 華蔵院の境内を通り抜けて木立に囲まれた坂道を上って行くと湊公園にたどり着いた。結構広々とした公園であり、教科書に出てくる与謝野晶子の文学碑があったり、かの有名な水戸の光圀公が須磨明石(兵庫県明石市)から取り寄せ植えつけたという「湊御殿の松」など見所もある。また写真のように高台から臨む景色は開放的でとても美しかった。快晴に恵まれて海からの穏やかな風のなかでのんびりとこの景色を見ていると、ここまで歩いてきてよかったなと思った。


自生するイワレンゲ
(自生するイワレンゲ)

 湊公園の一角にイワレンゲの群落がみられる。イワレンゲとはその名のとおり岩の上に生え、葉の形が蓮華(ハス)の葉に似ていることから名付けられた。そして自生地の北限がこの茨城県であるという貴重な植物である。しかし公園内にあるのは自生しているものではなく保存のために栽培されたものであった。
 だが偶然近くに居合わせた方に公園南面の岩場に自生するイワレンゲが見られると教えていただき、さっそく私たち街並めぐり一行はその場所へと向かった。そして運よく捉えた写真が上のものである。確かに岩の間から生えていてハスの花に似ていた。
 後から調べたことだが、このイワレンゲの花言葉は「豊かな才能」と「勤勉」である。僕もそうでありたいものだ。

大谷石で出来た蔵と古民家
(大谷石で出来た蔵と古民家)

 湊公園から再び街中に戻り歩いてゆくと、遠い昔に舟運で栄えた頃を思わせる街並が所々に見受けられ、ただ歩いているだけでも飽きることが無い。そして僕達は江戸時代の豪商によって建てられたという大きな蔵の中に、那珂湊の歴史物を展示してある「ふるさと懐古館」に立ち寄り見学したあと駅まで戻った。


 那珂湊駅を出発してからおよそ2時間の街並めぐり。ほどよい距離のなかにたくさんの見所がある那珂湊の街を旅してみて、いっぺんでこの街を好きになってしまった。ガイドをしていただいた鴨志田さんと、お名前を聞きそびれてしまったもう一人のガイドさんに感謝である。皆さんも機会があれば是非この街並めぐりに挑戦してもらいたい。

(すべての写真 2010年4月25日撮影)
ひたちなか海浜鉄道 | 2010/05/16(日) 20:34 | Trackback:(0) | Comments:(1)
「窓枠の中の動く絵画」
寝台特急あけぼの

誇らしげにヘッドマークを掲げた赤い機関車と
寝台列車の証である白(銀)のラインが入った青く輝くボディの客車には
ブルートレインの名に恥じぬ威厳がある
そして今も昔もその姿を見るだけでわくわくさせてくれる

次々に寝台列車が廃止されていく中で
かろうじて生きながらえている寝台特急「あけぼの」
今では時刻表の寝台特急の掲載はたったの2ページだ
長距離・長編成の夜行列車に
旅情と哀愁を感じられる幸せは過去の話になろうとしている

上野から青森までおよそ13時間
時間と共に移り変わってゆく景色を眺める時間はたっぷりとある
時を忘れて窓枠の中の動く絵画を楽しんでみませんか?



 ここは琴丘森岳IC出口近くの県道と線路がクロスする陸橋の上からの撮影でした。僕にしては珍しい編成写真ですね(笑)
列車の右手に少し桜が見えますが実際は気温が上がらずにとても寒いなか、風が強くて雲の流れがとてもはやく時折見せる晴れ間とともに目まぐるしく変化する天気でありました。列車だけでなく僕の気持ちまでブルーになりそうでしたが、そのあと五能線に向かった頃には雲ひとつない快晴(5月13日の記事のような)に恵まれて上機嫌な一日となりました。

(奥羽本線 鯉川~鹿渡間 2010年5月2日撮影)
JR奥羽本線 | 2010/05/15(土) 22:41 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「さくらいろ」
五能線 あきた白神~岩舘間

五月晴れに映える満開の桜
国花の桜は日本の色
日本に住むなら何処にでも
等しく桜は咲いていく

あなたの心に桜は咲いていますか

すべての人の人生に
桜の花が咲きますように



 あきた白神駅のすぐそばに桜の名所として知られる「御所の台ふれあいパーク」がある。公園内には800本もの桜の木があり訪れた時は満開であった。丘を登れば線路の先に日本海が見渡せる。駅の相向かいには「ハタハタ館」という温泉施設があり宿泊も食事も出来る。僕も温泉に浸かったあとに食事をして楽しんだ。お土産に買った秋田名物の「いぶりがっこ」を今もご飯の友にして味わっている。もう一度訪れたなら丘の上に登って日本海に沈む夕日をのんびり眺めてみたいものだ。

(五能線 あきた白神~岩舘間 2010年5月2日撮影)
JR五能線 | 2010/05/13(木) 21:38 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「五月色」
五能線 東八森~八森間

白神山地の間からこぼれる朝日が
小さな町を少しずつ浮かび上がらせていく

透き通った青空
日本海の海の色
ほのかに色めく満開の桜

秋田は五月色に染まる



 ここは秋田県北西部に位置する八峰町。人口一万人に満たない小さな町であり、町の大半を占める森林は白神山地に属している。前日にここを通りかかった時に、近くの八森中学校の桜がとても綺麗に咲いていたので、早起きをして学校裏手の山道に登って始発列車を捉えたものである。

(五能線 東八森~八森間 2010年5月3日撮影)
JR五能線 | 2010/05/12(水) 22:16 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「のんびりと、ゆっくりと」
津軽鉄道 芦野公園~川倉間

のんびりコトコトと津軽平野を走る客車列車
速さだ効率だとスピードで優劣される今の時代
ゆっくり進む事だって大切な時間の過ごし方
そうあせらずに生きていこうよ
ゆっくりだからこそ見えてくるものがあるのだから



(津軽鉄道 芦野公園~川倉間 2010年5月3日撮影)
津軽鉄道 | 2010/05/10(月) 20:09 | Trackback:(0) | Comments:(0)
ローカル線の旅 「ひたちなか海浜鉄道」#1 ~那珂湊ぶらり街並めぐり その1~
開業2周年

 ひたちなか海浜鉄道は2010年4月に開業2周年をむかえた。4月最後の日曜日 4月25日に沿線では様々なイベントが催されていた。
 その中のひとつ那珂湊駅では、ひたちなか市観光ボランティアの案内で「那珂湊ぶらり街並みめぐり」があった。那珂湊はおさかな市場で有名な漁港がある事くらいしか僕は知らない。まだ見ぬ街中をふらり旅する僕にはうってつけのイベントではないか。さっそく駅で受付をして参加させていただくことにした。

山上門
(山上門)

 駅前の通りを右折して最初に向かったのは、ひたちなか市指定文化財「山上門」である。この門は水戸藩の武家屋敷として唯一現存する建造物である。
観光ボランティアの方の説明
(観光ボランティアの鴨志田さん)

 ガイドの方の話では、この門にある黒いお椀型の鋲(びょう)のようなもの(例えるなら大きいリベット)は、戸の取ってを据え付ける際に反対側に飛び出た部分を隠すための飾りなのだとか。なるほど、僕は今まで知らなかった。
反射炉とレンガ焼成窯
(反射炉とレンガ焼成窯)

 山上門を通り抜けて階段を登った先に茨城県指定史跡の「反射炉」なるものがあった。反射炉とは聞きなれぬ言葉であるが、ガイドさんから頂いた資料によれば、幕末に大砲鋳造の目的で造られた鋳鉄や青銅を溶かすための溶鉱炉のことなのだそうだ。
 この反射炉は水戸藩第9代藩主「徳川斉昭」により当時の先端技術を用いて建設された。とくに炉の中で高熱に耐えうる耐火煉瓦の製造には苦心されたらしく、炉の傍らには復元された煉瓦焼成窯がある。
反射炉の耐火煉瓦
(反射炉の耐火煉瓦)

 煉瓦の材料となる粘土は近くを流れる那珂川を使って船で運ばれてきたという。大砲の製作には大量の水も使われることもあって、河口の高台で交通の要所でもあるこの地が選ばれたのであろう。2基の反射炉に使用された耐火煉瓦はなんと4万枚にものぼり、いかにこの反射炉の製作が大がかりなものであったのかがうかがえる。
大砲のレプリカと溶鉱炉出口
(大砲のレプリカと溶鉱炉出口)

 右側の写真の赤い扉の辺りにある穴から溶けた鉄が出てきて、下にある穴の中を伝って地中にある鋳型に注がれ大砲が出来る。そして左側の写真が完成されたイメージの大砲で、とても当時の技術で製作されたとは思えない大きさの鉄の塊である。
 炉の作製にあたって鋳造や耐火煉瓦の焼成に用いられた技術は今の日本の礎となる部分もあるのかと思うと、ただの戦争好きなイメージしかなかった徳川斉昭を少し見直した。でもいつの世でも軍事が先端技術の元になっているのだが・・・。その功と罪はここでは触れないでおこう。
 なにはともあれこの那珂湊周辺は水戸藩に深い関わりのある町である事が今回の旅でわかった。(つづく)


(すべての写真 2010年4月25日撮影)

ひたちなか海浜鉄道 | 2010/05/09(日) 22:02 | Trackback:(0) | Comments:(1)
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